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公共の仕事、今後は・・>[営繕(施設)職員・指定管理者制度・1206・設計ダンピング・駒込福祉作業所・菊かおる園・メタモルフォーゼ・ヘルスケアデザイン]>営繕消滅か?>逓信から郵政建築へ>告示15号へ>デザイン2050>祇園から>CO2論議>とんでも>ano

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質問 公共の仕事、今後は・・>[営繕(施設)職員・指定管理者制度・1206・設計ダンピング・駒込福祉作業所・菊かおる園・メタモルフォーゼ・ヘルスケアデザイン]>営繕消滅か?>逓信から郵政建築へ>告示15号へ>デザイン2050>祇園から>CO2論議>とんでも>ano

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 .3 .4 .5 .6 .7 .8 .9 .10 .11 .12 | 投稿日時 2006-10-24 19:31 | 最終変更
亀井天元  長老   投稿数: 289 オンライン
いさなと仲間達

設計者にとって、公共建築物は、その設計料は、民間に比べ割安だが、仕事の手離れがよいとされている。しかしながらその底支えをしてきたのは、営繕職員だったことはあまり知られていない。指定管理者制度の導入により、このあたりの事情も大きく変化があろうかと思われるが、このほど1206号が久々に改正されるとのことで、まずこの辺の諸事情に触れてみたいと思う。

もともと公共建築物は、困ったことですが、そのクライテリアがあいまいなことが多い。発注するときにいた人が、出来上がったときには別のところに移っていることも多く、つまり発注側に一貫性がないわけです。設計者にとっては大変やりにくいところだが、あまり考えずに、ざっくり仕事を終わらせるむきも少なくはない。こうした内外事情の付けがやがて営繕職員に回ってきていたのである。当初から加味されていれば、設計費、工事費、人件費と、トータルコストは大きく削減されていたことです。

営繕(施設)職員にもいろいろなタイプがある。粘り強く追求(今では残念ながら非常に少ないようですが、形而上の領域にまで立ち入り、自らスケッチを起こし設計監修する。)するものがいるかと思えば、そつなく仕事をして終わり(いえもり意識すらゼロ)という事務処理タイプもいる。内部的には、寂しい事ながら、摩擦を起こさない、後者が高く評価されており、このあたりが、一般的な公共施設の質の低下につながっている。設計者もどちらのタイプにも合わせなければならないわけだから楽ではないが、こちらも、とことん営繕職員と一緒に設計していくタイプと、営繕職員はお客さんとしてクールに接するタイプもいるわけである。どちらの立場であれ、熟達者ともなれば、仕事の内容(設計のクライテリア、委託仕様)と条件(設計料)により、両方の立ち回りが要求されるわけである。http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=110

このような状況下、1206号(設計料を規定する国の告示)がどうなるべきなのか、耐震強度偽装の問題などがどのように影を落とすのか、興味深いところで、このフォーラム、この後の論客の登場に期待するところである。このあたり、N大学の故O教授が得意であったが、現在はJIAのS氏、H氏 はじめ、大物鯨の面々が居るのだが・・・それ以前の低次元の問題、設計ダンピング http://www.jia.or.jp/nyusatu/index.html
等の話で忙しいようで・・・。

S氏の話では、役所は低額設計を業者に押し付けており、この傾向は都より区部はひどいとの事です。確かに施設関連の職員でも、「いちにーまるろく」といっても何の事やら分からない低レベル職員というか無関心職員もいるので、既に建築を文化として考える役人はいないのかもしれません。JIAによると、設計監理料は工事金額の10パーセントから15パーセントで行う会員が多く、1206号によると、もっと高い額になるとの事です。先日、文化庁の保存修復工事級の仕事(大変手間のかかる設計や報告書の提出が伴うようです。)をした後輩の大学での講演で聞いた話ですが、その時の設計監理料は20パーセントだと言っておりました。もっとも作業や業務の報酬規定は理解できますが、独創や芸術、設計情報の部分は、その報酬は作家が自分で決めること(無報酬も含め、受け入れられるかどうかは別ですが、作家が生まれてからの全てが創造の原資であり、天文学的な値段になっても不思議じゃあないわけで、・・・)じゃあないのかなぁ。その仕事の文化度とのバランス(これも作家が判断するところ)もあるわけだし、建築家(作家)自らの懐具合(こんなことは勿論作家自らしか判断できない)もあるわけ。この辺の話になると、建築家でも業務に漬かりすぎのいささか日向くさい方々にはぴんと来ない向きもあるようですが・・・。

冒頭の話に戻りますが、山の手線の外側、巣鴨と駒込の間の線路近くに駒込福祉作業所があります。ここもまもなく指定管理者が運営管理するようになるようですが、実はこの建築の前面、側面のガラスの屋根は、いさなが13年程前に設計監理したものです。施設(過去に委託設計監理されたものと思われる。)の利用上、ひさしがまったくなく困ったことから生まれた仕事だったのです。勿論、小規模ながら、雨水の利用と浸透、都市緑化についても考慮してあります。この件については、以下のトピック資料(模型が古くなり、一部へこみ変形したこと、お許しを)ご参考ください。実物は今も現地にて健在です。
http://www.next-city.com/main/uploads/img453edfe865794.jpg

http://www.next-city.com/main/uploads/img453f1ed2b7cb6.jpg

http://www.next-city.com/main/uploads/img453f1f316163f.jpg

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http://www.next-city.com/main/uploads/img453f25cbdc976.jpg

本来、設計ダンピングの問題は、仕事を受ける側と頼む側双方の問題で、この国の文化に係わる重要な問題です。頼む側の管理監督者に、JIAのような団体を、単なる圧力団体としてしか見ないで、係わろうともしない人が居る事は、全く悲しいこの国の現実です。

公共空間も、財政難になってくると、どんどん経営と経済の論理に押し流されていくようです。隙間があると何か建ててしまうという事が、いっこうに改善されないのも困った問題です。
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=130

(参考)旧国立公衆衛生院跡地再生・・・
http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=14 

豊島区西巣鴨2丁目30番街区の「菊かおる園」は、いさな達が全力投球した仕事でした。いさなはこの高齢者ケアハウスのデザインその他[アトリエつき住宅(東村山・ヘルスケアデザインほか)、旧中山道のまちづくりの試み(豊島・おめでたい、お宮と御神輿から中山道待夢の看板をデザインし、ファサードを設計。これをモチーフに商店街も提灯を出し、街路の活性化を促進。お年寄りの原宿とも呼ばれる商店街は現在庚申塚あたりまでもが賑わいを呼び、豊島区一の売上高を誇る商店街となっている。http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=109
)]で、大学(芝浦工大・江崎玲於奈学長)賞も受賞。 
http://www.next-city.com/main/modules/d3forum/index.php?post_id=168
http://n.ashitane.net/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E5%8C%BA/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD
この建築(菊かおる園)は樹木(その生命力)のメタモルフォーゼ
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=104

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=103

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=79

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=67

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=69

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=83

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=62
(ヘルスケアデザイン:ユニバーサルデザインやバリアフリーを包含し、より積極的に健康を促進するデザイン⇒健康デザイン)で設計(イメージ)デザインしており、当時仕事の後、建築学会の委員会に出席し研究しながら、猛烈にイメージスケッチしていたものです。一般に委託設計には、機能は盛られてきますが、イメージがないので、そこは担当として補ってゆかなければならないわけです。もっとも当時の学会の委員会では、機能性など計画学的の方向性を目指していたようで、この点いさなデザインのヘルスケアデザインとはいささかねじれていたようでした。
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I4742765-00
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=121
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=122
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=49
後になって感じるところとなりましたが、まあ建築家協会と建築学会の違いのようなところかもしれません。2008年からは、設計についても学会で発表できるとのことですが、・・・http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=33

一般にも建築の直接的な機能は受け入れやすいところです。菊かおる園の場合も、当初、作業療法室(特養棟1階)の天井にゲーテ理論と言うか、神秘的な色彩を現していたのですが、竣工間際に施設の療法士さんなどの意見により、普通の白い天井に直すこととなり(反射で、顔色がわかりにくいとの事でした)、白色のビニールクロスが貼られました。今でも天井の白いクロスの下には、「命、霊、魂」の輝きを秘める円形の発色面が隠されていることとは思います。居室(特養棟)の壁面に取り付けた木製の大型フックは、ほとんど通常のフックの位置には付いておりません。これについても、フックと言うものを、そのものだけの機能でしか理解できない人には、この壁面に付加されている価値がわからないようでもあります。このことなども、建築を、その一部を、限られた機能として受けとめる傾向が一般にかなり強いことを示しているように感じます。やはり小学校教育などで、心眼をもって建築を学ばせないことのつけが回ってきているように思われます。
http://www.next-city.com/main/modules/d3forum/index.php?post_id=211
http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=32&post_id=138&order=0&viewmode=thread&pid=0&forum=6#forumpost138

最近、商品化したヘルスケアデザインをカタログなどで見かけますが、イメージの商品化は、いろいろなデザイン商品で試みられるところなので、異論はありません。便利なものを使うのもよいと思いますが、建築家としては、採用するにしても、ちょっと待てよと一度落ち着いて考えてから決める必要があるものと思います。ここで商売人になる向きは論外ですが、イデオロギーなりコンセプトとマッチするのかといったことです。こじんまりしたスマートさに流されることがないように、立ち止まれる実力をつけておきたいものです。フランク・ゲーリーの自邸などのような建築もあるのです。
http://spysee.jp/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC/15859

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=79

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=83

シュタイナー文献には、人間の機構を次のように観察しています。すなわち、神経感覚系と代謝四肢系はたがいに正反対なのです。代謝四肢系が活発になると、神経感覚系は崩壊します。そして、その逆もまた成り立つのです。このこと、ならびに他の多くの事柄が対極性を証明しています。自我を構成しているすべてのものは神経感覚系と密接に結びついており、エーテル体を構成しているすべては代謝四肢系と、アストラル体を構成しているすべてはリズム系と密接に結びついているのです。そして、肉体は全体に浸透していますが、他の三つの構成部分によって絶えず征服されています。このように観察してはじめて、人間のいわゆる正常なプロセス、異常なプロセスについての洞察を得ることができるようになると述べられています。(医学は霊学から何を得ることができるか より)

「シュタイナー文献を読む手がかりは」へ⇒
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=62

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=54

http://www.ishiyaku.co.jp/search/details_1.asp?col=jobun&bookcode=215240

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=24

http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=14&post_id=43&order=0&viewmode=thread&pid=0&forum=1#forumpost43

http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=137
菊かおる園の話に戻ります。特に施設の方々の機能回復訓練の場として、隣接する児童館や幼稚園の子供達とのふれあい効果も重視し、児童館前のアプローチと間の区道(幸い限られた車しか通過しない道路)路面の模様を合わせ、真っ赤(生命を感じさせる色彩とされる http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?topic_id=37&post_id=154&order=0&viewmode=thread&pid=0&forum=1#forumpost154
)なサッシで広場を囲い込み(水禽窟も忍ばせ、藤棚で包み、安堵感から来る安らぎを創出)、外部でありながら内部空間を創造するなど、空間として周囲を広場の一部に取り込む努力をしました。建築は世界を内部/外部というふたつの部分に分け、分けると同時に結びつけているわけです。文化記号論の中で一番基本的なカテゴリーである「内」と「外」の対立と言うわけで、建築をこのふたつの部分の関係づけとして、経験するわけです。内部と外部に世界を分節することは、自然を文化に変え、世界を人間化することだといえます。建築はもともと、こうして世界全体を自然のままではない「意味」にひきいれる働きのはじまりだったのです。http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=128
家をつくることは天地の創造を記号的に繰り返すこと(ミルチァ・エリアーデ説)ともなるのです。赤いファサードの建築的要素は、建築が記号として経験できる事例ともなっているわけです。建設途中、ケアハウス棟1F喫茶室のサッシ取り付け直後、未だ額縁も付いてない頃、誰の進言によるものかはわかりませんが、当時の区の建築部長が現場に駆け込んで来ました。そして全体を観るでもなく「こんな真っ赤なサッシにするなんて」とはき捨てた一言は、数十億円の公金の執行権限を持つ要職にもあるまじき、全く悲しい建築観の低さを露呈したものだったのです。この件にはとにかくがっくりとしたものでした。残念ながら似たようなことは続くわけで、今後も続くでしょう。しかし、その後、建築評論家の植田 実氏に観ていただいた折、(委員会で2、3度お会いしたくらいでしたが、住宅評論の大家が特養にまったくよく来てくださったことでした。)ケア棟特養棟といろいろとご覧になり、最後に外部の内部である広場に来たときに、児童館側のどんこ屋さんに打ってもらった真っ赤な窓飾りとサッシ(いさなデザイン)の写真を1枚、使い込んだ一眼レフでパシャリとして、すべてを見通されたまなざしで、実ににこっとしてから、例のリュック姿で、赤い実のなるマンサクの街路樹に沿って飄々と帰って行かれた後姿がいつも思い出され、自らの慰めともなっております。(その後の保守工事でなぜか取り外されています。) http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=109
着工後、区が購入した隣接敷地も、貴重な都市の庭(広場)として、限られた予算で、大変苦労して整備しました。[北西の一角には「お休み処」と銘打って、地域や施設の人たちがほっとできるような都市のDENとしての一隅をデザイン(ヘルスケアデザイン)し、草の種をまいて緑を整備し、土管利用の遊具を設置:その後この敷地には別の施設が建設されました。]もともと敷地内に残っていた樹木はほとんどすべてそのまま、ないしは1回だけ移植することで残しました。かつてこの土地は、個人の別荘敷地5600坪の一部でした。明治女学校が火災によりこの地に越してきた頃は、まだまだ一帯がクヌギ林だったそうです。今は、幼稚園・児童館の前に明治女学校の碑が残っています。そんなわけで、この建築は、北西かどの樹木(切り株からわずかに緑の葉が芽吹く)からつた状に繁茂する樹木の魂の力強さ、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080123-00000000-agara-l30.view-000
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080123-00000000-agara-l30
メタモルフォーゼ表現・ヘルスケアデザインとなっております。樹木のメタモルフォーゼが植物のもつエーテル体と、そこへ働きかけてくるアストラル的なものへのアプローチを可能にします。http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=66
http://www.youtube.com/watch?v=v9lCyuvf3FE
http://www.next-city.com/main/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=78
http://www.next-city.com/main/modules/d3forum/index.php?post_id=290
ずっと伸びた南東かどで、クジラの潮吹きのごとく、再び緑の葉となって現れいずる元気のよい生命感を表出しています。エントランスのキャノピーも、以前からこの地にあり、やむなく伐採処分したヒマラヤスギのメタモルフォーゼで、ホールのむくりのある丸柱はじめ、施設内部にも各所に同様のコンセプトによる空間づくりが施され、銅の金属溶射や,木炭の活用などによる空気浄化のヘルスケアデザインも施されております。ケアハウス棟の北側に敷地内既存樹を移植寄植えした一帯は、せめてかつてのクヌギ林[予算が許せばクヌギを2〜30本植えたかったのです。いさなの原風景、樹木の魂です。
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=125
http://www.next-city.com/main/modules/amaxoop2/article.php?lid=116
忍び込んで遊んだ東京女子大(善福寺)の森、芝生と築山、レーモンド建築・井の頭公園の下池や荻窪公園のクヌギ林・日本古来のヘルスケアデザイン、幼少期を過ごした総檜造り、切り妻屋根と銅版の雨どい、広縁のある、今もどなたかに使用されている築45年の現代和風住宅(吉祥寺東町2)。]を偲ぶもので、夏の暑い時期には、建物周りを歩いて、スツールで一休みの出来る、気持ちのよい空間でもあります。適当な空間の広さゆえに周辺のコミュニティーにとっても入りやすく通りやすい、都市の庭(広場)として機能してきたわけです。〔未来都市フォーラム⇒東京フォーラム⇒都市ストックの活用と木造建築の可能性(府中市朝日町1丁目24から) 参照http://www.next-city.com/main/modules/xhnewbb/viewtopic.php?viewmode=thread&topic_id=20&forum=1&post_id=94#94 〕
施設と道路を挟んで南側の東大寮は、菊かおる園竣工から数年後建て替えられたものですが、塀を取り払い、こちらのホームの部屋からも眺められる屋上緑化を付すなど(もともと食堂から寮の緑が眺められましたが、改めて園にとっては借景のヘルスケアデザイン)、いさなの高校の先輩にも当たる内井昭蔵の遺作ともなった仕事で、この地域のよさをを十分租借された無駄のない仕事です。http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

しかしここ数年、園の方の庭はほっときっぱなし状態で、特に北側の野草の広場は、どこからともなく持ち込まれた赤土の残土が無造作に山をなし、開園当時の野草や菊の園も見る影もなく荒れ果て、今回の増築話があるというのは、やはり施設経営から自治体が引いてきていることに起因するものなのでしょうか。

この地に安易に施設の増築計画が進んでいるなんて、山口文象が率いた設計集団も、ものわかりのよい普通の会社となったのかなぁ・・・。真の依頼主はユーザーとコミュニティーである事を強く認識していただきたいものです。 http://www.next-city.com/main/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=69

空間があるとすぐに何かを置いたり建てたりするのは困ったものです。今後減築の時代に入り、いかに有効な空き地の空間をデザインするかが大切になります。対象を自然に見るには対象の大きさ、高さの2倍くらい離れる事はよく知られたことです。絵などを描いていると、小さいものから大きなものまで、このことが実感できます。建築でいえば、インテリアから超高層までこうした尺度感覚が大切です。
http://www.next-city.com/main/modules/d3forum/index.php?topic_id=49
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