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TOP : 第5回首都防災ウィーク(9月1日ー10日)
投稿者 : 亀井天元 投稿日時: 2017-09-06 20:56:06 (16 ヒット)

建築家の声(柴田いづみ)

第5回首都防災ウィーク(9月1日ー10日)
http://shutobo.jp/

会場は、横網町公園と慰霊堂です。
1923年の関東大震災の時には元陸軍被服廠跡地の空地で、多くの避難民が押し寄せ、火災旋風により、ここだけで約38,000人という多くの命が失われ、現在は慰霊堂が建っています。

今回は、9月10日(日)に、大船渡から634(ムサシ)匹のサンマが届き、首都圏さんりく・大船渡人会のみなさまが焼いて下さいます。

首都圏が大災害に見舞われた時、東北からの支援のサンマが届くというシュミレーションです。

2013年、関東大震災90年を迎え、第1回の首都防災ウィークが開催されました。
その時に、関東大震災資料を2冊(首都防災ウィーク、首都防災フォーラム資料)に編集掲載いたしました。
手弁当フォーラムなので、写真のセレクト、歴史記述の抜粋、頁レイアウト編集、印刷発注は、イラレを担当してくれたスタッフと秘書に手伝ってもらい、柴田がしております。

今年は、その中から25ページを再編集し、フォーラム資料に掲載いたしました。
フォラームに来て下さるみなさまに差し上げます。
2013年は、2冊全部の編集をいたしましたが、今回は25ページのみ担当しています。

編集した資料は関東大震災7年後に開催された帝都復興祭に展示された大判パネル(いわば、大震災の集大成ともいえる復興費や支援金、道路、復興学校・公園などの集計データ。市民向けに解りやすいグラフィカルな構成)を核に関連写真をレイアウトしています。

1923年(大正12年)9月1日の関東大震災の後、たった7年で復興したのは、後藤新平による「東京市政刷新要綱」(大風呂敷と言われた8億円計画)が、大震災前の1921年(大正10年)に発表されていたからこそです。

9月27日、帝都復興院総裁になった後藤の案は30億円でしたが、実際には5億円強に縮小され実施されました。

日本列島いつ何時、大災害があってもおかしくない状況です。
我々市民が、次の大震災までにやらなければならない事は、新たな後藤新平の出現を期待するのではなく、一人一人が自分の地域の計画に感心を持ち、行政との対話も含め、行動する事でしょう。

後藤新平の計画は、多くの反対や困難が待ち受けていました。
それでも筋を通した一人の人物には支えた群像がいたように、震災に立ち向かう群像の一人になる知恵を、大震災の資料から読み取っていただきたいと思います。

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http://www.next-city.com/main/modules/d3forum/index.php?post_id=699



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